大判例

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大阪地方裁判所 昭和54年(ワ)3091号 判決

原告 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 松井清志

被告 乙山花子

右訴訟代理人弁護士 山根良一

同 野澤涓

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

(当事者双方の申立)

原告は、「被告の原告に対する大阪地方裁判所昭和四九年(タ)第二七二号離婚等請求事件の判決(主文第三項)の執行力ある正本に基づく強制執行はこれを許さない。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告は、主文と同旨の判決を求めた。

(原告の主張)

一  原告と被告とはいずれも大韓民国の国籍を有するものであるところ、原・被告間には、被告より原告に対する債務名義として、昭和五二年四月一五日確定した大阪地方裁判所昭和四九年(タ)第二七二号離婚等請求事件の判決があり、右判決はその第三項において原告に対し原被告間の子春子及び夏子を被告に引渡すべきことを命じている。

右判決は、原告と被告とが法律上の夫婦でなく、従って右二児はいずれも原・被告間の非嫡出子であるとした上、原告が韓国の戸籍事務管掌者に対し出生届をする意思がなくその届出をしていないし、他に原告において右二児を認知したと認め得べき証拠もないので、その親権者は大韓民国民法第九〇九条第三項により生母である被告というべきであるとの理由で、その主文において原告が右二児に対する親権を有しないことを確認し、かつ原告にその引渡を命じたものである。

しかし、原告は右判決確定後大阪市淀川区長に対し、右二児につき嫡出でない子として出生届の訂正届をなし、この訂正届は昭和五三年三月三一日受理された。したがって大韓民国渉外私法第一〇条第二項により右訂正届の受理によって原告の右二児に対する認知の効果が生じ、原告は大韓民国民法第九〇九条第一項により、右子らの親権者となったのであるから、前記判決は根拠を失った。

よって、右判決主文第三項の執行力の排除を求める。

二  被告の主張二の事実中、(一)の事実は認めるが、原告が親権者として不適格であるとの点は争う。同(二)の事実中、原告が被告主張の前科・前歴を有し、一時覚せい剤中毒であったこと、右二児を一時施設に預け、その後姉甲野花代の下で養育させていること、被告主張の時期に丙川冬代と同棲し、その後婚姻して二児をもうけたことは認めるが、その余の事実は争う。原告は、かつて○○○○○会□□組々長であったが、昭和五二年一〇月三日同組を解散して現在は遊技場を経営しており、暴力団員として活動しているものでない。

三  被告は昭和四八年一〇月六日原告の下に春子及び夏子を残したまゝ実家に帰ったので、原告は子供は母親が育てるのが適当と考え、翌七日被告の実家に右二児を伴って被告に引渡し、当面の養育費として金一〇万円(数日後さらに金三万円)を預託したが、間もなく被告は原告に対し「子らがうるさい」とか「襖を破る」とか言って右二児の引取を要求し同月二八日ころ原告方に二児を連れてきたので、原告もやむなくこれを引取ったのである。そして被告は原告より戻ってくることを求められても「子供はいらない。籍を抜いてくれるだけでよい。」と主張するのみであって、被告の二児に対する愛情を窺うことはできなかった。原告は二児に対し深い愛情を抱いているので、子らを一時施設に預けていた間は月二回里帰りさせていたし、姉に預けてからは子らの養育費として姉に対し毎月約一〇万円を支払っているのである。

(被告の主張)

一  原告の主張一の各事実は認める。

二  しかし、本件においては、以下の事情があり、かかる事情の下で大韓民国民法第九〇九条第一項を適用して父である原告を右の子らの親権者とすることは我が国の公序良俗に反するので、法例第三〇条により右法条の適用は排除されるべきである。

(一)  前記判決は法律判断によって被告を子らの親権者と定めたが、その審理の焦点は子らの出生の届出の有無ではなく、原告の被告に対する加害行為、親権者としての不適格性にあった。

(二)  原告は親権者としての適格性を全く有しない。すなわち、原告は、窃盗、強姦、暴力行為、傷害、恐喝など一〇数件に及ぶ前科・前歴を有し、一時は覚せい剤中毒で精神に異常をきたしたこともあり、暴力団○○○○○会□□組々長であって、被告を追い出すまでは(それ以後は不明である)女性関係も乱れており、暴力的で順法意識がなく、倫理観念も欠如している。そして原告は、被告を追い出したころ被告から二児を暴力的に引き離しながら、一時はこれを施設に委ねて訪問もしなかったばかりか、その後現在に至るまで自分の手で養育しようとはせず、その姉甲野花代方で同女に養育させている。しかも原告は、昭和五一年九月ころから丙川冬代と同棲し、翌五二年八月同女と婚姻して二児をもうけているのであって、原告が春子及び夏子に対して愛情をもっているとは考えられず、このまゝでは右子らの将来は極めて不安である。

これに対し、被告は原告に右二児との関係を引き裂かれてからは一日として子らを思わない日はなく、共に生活できる日がくるのを一日千秋の思いで待っている。

(三)  我が国においては、親権者の指定は子の福祉を中心に考慮決定されており、父が子を認知しても直ちに親権に変動を及ぼすものではなく、父母の協議またはこれに代わる審判によって親権者を決するのである(民法第八一九条第四項、第五項)。右協議またはこれに代わる審判のない本件において、大韓民国民法を適用することにより親権者としての適格性を全く欠く原告が子らを認知したとの一事をもって、自動的に母である被告から親権を奪うのは社会通念に反し、我が国の公序良俗に反するから、法例第三〇条により大韓民国民法を適用せず、我が民法第八一九条を適用すべきである。

三  よって、本訴請求は異議の原因を欠くといわなければならない。

(証拠関係)《省略》

理由

一  原告の主張一の事実は当事者間に争いがない。

二  《証拠省略》によると、当庁昭和四九年(タ)第二七二号離婚等請求事件の前記確定判決は、原告と被告とがその居住地の大阪市淀川区長に対して婚姻届を提出した事実を認定しながら、原・被告の本国である大韓民国の戸籍管掌者に対する婚姻届がなされていないことから、原・被告間の婚姻の成立を否定し、これを前提として原・被告間の子春子及び夏子を婚姻外の子としているのであって、右の判断は、同国渉外私法第一五条第一項の「婚姻の成立要件は、各当事者に関し、その本国法によってこれを定める。但し、その方式は、婚姻挙行地の法に従う。」との規定に照らし、疑問なしとしないけれども、右判決において前記の通り右二児は婚姻外の子であるとして同国民法第九〇九条第三項により父である原告が右二児に対し親権を有しないことが確認され、しかもその判決が確定してしまった以上、少くとも我が国においては、右二児は原告の婚姻外の子であって、母である被告が右二児の単独親権者であるという外はない。

三  そこで、原告の右二児に対する認知の有無を検討するに、前記の通り父である原告も母である被告も共に大韓民国の国籍を有するのであるから、その間に出生した春子及び夏子は同国国籍法第二条第一号または第三号により同じく大韓民国の国籍を取得したものであって、その認知の要件は法例第一八条により父である原告についても子である右二児についてもその本国法である大韓民国民法によって定まることになる。

ところで、《証拠省略》によると、原告は、いずれも大阪市淀川区長に対して、昭和四五年一〇月一二日春子の、昭和四七年二月一六日夏子の、各嫡出子としての出生届をなし、それぞれ右届出の日に受理されていることが認められる。そして、我が国の戸籍事務管掌者に対する嫡出子出生届は大韓民国渉外私法第一〇条第二項により同国法上も嫡出子出生届としての効力を有するものと解され、かつ同国戸籍法第六二条は父が婚姻外の子について嫡出子出生の届出をした場合は、その届出は認知届出の効力を有するものと定めているのであるから、右各届出により同国民法第八五五条所定の認知の効力が生じたものと解すべきである。

従って、同国民法第九〇九条第三項により二児の親権者は被告から原告に当然変更されたものと解する余地もなくはないけれども、前記各嫡出子出生届より後になされた前記確定判決は原告が親権を有することを否定しているのであるから、右各出生届による認知の効力のうち親権の所在については前記判決に拘束され、前記二児に対する親権は被告にあるという外はない。

なお、原告が、右判決確定後に改めて大阪市淀川区長に対し右春子及び夏子について嫡出でない子としての出生届の訂正届をし、右届出は同月三一日受理されたことは当事者間に争いがないけれども、我が戸籍法も大韓民国戸籍法も共に父が父として非嫡出子の出生届をすることを認めていないのであるから、同国渉外私法第一〇条第二項の適用を論ずる余地はないのみならず、右訂正届は父である原告が同国戸籍法第五一条第三項所定の戸主、同居者または分娩立会人としてした非嫡出子の出生届であるとしても、かかる届出に父子関係承認の意思表示が含まれているものと観ることはできないから、その届出に認知の効力は認められないものと解される。

四  ところで、同国民法は、本件のように父が子を認知した後も母が単独の親権者である場合に親権者の変更について何の規定もおいていないから、これを認めないものと解される。しかしながら、我が国においては父母のいずれかを親権者とすべき場合には子の福祉を中心として考慮した上で親権者を決すべきものとするのが社会通念であり、これを承けて我が民法第八一九条第四項及び第五項は非嫡出子の親権者を母とし、その父が認知した場合でも、父母の協議で父を親権者と定めたときに限り父が親権を行い、もし協議が調わないとき又は協議をすることができないときは家庭裁判所が父又は母の請求によって協議に代わる審判をなすべきものとしているのである。従って、もし、大韓民国民法に親権者変更の規定がないからといって親権者の変更を絶対に許さないとするときは、親権者として不適当な父又は母に親権者としての地位を永久に認め、親権者として適格性のある父又は母に親権を賦与することができず、子の福祉を脅かす結果を招来し、我が国の社会通念に反しひいては我が国の公の秩序又は善良の風俗に反する場合も生じ得るのであって、このような場合には法例第三〇条により我が民法を適用して父母の協議又は協議に代わる審判によって親権者の変更をなし得るものと解すべきである。

五  従って、原告としては、被告が右二児の親権者として不適格であり親権を原告に賦与することが右二児の福祉の観点から適当である限り、被告との協議又は協議に代わる家庭裁判所の審判により右二児の親権者を被告から原告に変更することを求め得るというべきところ、原・被告間に右二児の親権者を原告と定める協議がなされた形跡はなく、《証拠省略》によってもこれに代わる審判がなされたものとは認められないから、右二児の親権者は依然として被告であるといわなければならない。

六  従って、原告の本訴請求は、異議の原因を欠くものであって、前記債務名義の執行力の排除を求めることはできないものというべきであるから、その請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 中川臣朗 裁判官 大串修 河村潤治)

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